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2016/09/04

今年度の発表テーマを更新しました。

 

2015/10/15 10/20一部変更

2016年度新規ゼミ生募集について 更新しました。(後期ゼミ見学の日程を追加しました ※10月22日の開始時間を変更しました)

 

 

最新のコラム

              なぜ「執行部」なのか


                        執筆 17 副ゼミ長 高山 直毅 


 手記を書くに「僕はこんなに頑張ったんだ」みたいなことを書くとだいぶかっこ悪いので、「執行部」という言葉を解剖しながら1年間の実感を込めてみたいと思う。

 さて。水島ゼミには執行部がある。他のゼミにはないそうだ。ゼミ長(幹事長)だけだったり、副ゼミ長(副幹事長)2人だったり、総務(副総務)なる役職があったりするが、ゼミ長と副ゼミ長2人による執行部という組織が明示されていることは珍しいことなのかもしれない。

 水島ゼミには「水島会」「合宿」などの名前を冠した「係」がいくつもある。一方で「部」は執行部のみだ。一般的な日本語の語感から言って、「係」よりも「部」は上部の組織だ。企業でも係長が部長の上司であることは考えにくい。このなぜ「執行部」は「部」なのかという問題を考えるには、「執行」という言葉を考えねばならないだろう。

 先に述べたように、水島ゼミには多くの係があり、各係が運営主体となってイベントや事務雑務をこなしてくれている。では、執行部は何のために存在しているのか。調整機能だけであれば、他のゼミの総務と大して変わらないではないか。思うに、執行部の存在意義は責任を持つことに尽きる。各係がゼミ生にお願いや要請を行う時、執行部は明示にしろ黙示にしろ、その「執行」に対して正当性を与えているのではないか。つまり、各係が強制力を発揮する時にそれは執行部の名のもとに行われていると捉えることができる。運営主体としての係がいるとするならば、責任主体として執行部は存在するのである。官僚機構と政府と捉えるとわかりやすいのではないだろうか。「官僚が勝手にやったことだから知らぬ」と大臣が言うわけにはいかないのである。だからこそ、執行部は同期ゼミ生の同意によって選ばれる「係」より上部の「部」なのだ。

 「執行」と「部」という2つの言葉を解剖して見えてきたのは、執行部が権力機関であるということだ。そして、この考えには私の1年という短い執行部生活の実感がこもっている。「ゼミ生同士の仲が良いこと」と「ワチャワチャ無責任に運営すること」は別の話である。どのような権力にも責任は伴う。ゼミの各係の運営に対しての責任を一手に引き受けるという機能が「執行部」には求められているのだ。それがなければ執行部各位の自尊心を満たしてくれる以外に大して存在意義はない。

最後に。「権力は腐敗する。専制的権力は絶対的に腐敗する。」というのはジョン・アクトンの有名な格言だが、各係の活動においてしっかりと主体性をもって動いてくれることで、我々17期執行部に対して緊張感を与えてくれた17期ゼミ生各位には感謝している。おかげで副ゼミ長としても一ゼミ生としてもなかなか腐敗できなかった()18期ゼミ生も「執行部」が腐敗したり責任放棄をしたり緩んだり仕事をしなかったりしたら「下」からガンガン突き上げて、緊張感に曝された責任ある「執行部」の元、より良いゼミを築

き上げていってほしいと節に願う。 

嫌われる勇気

17期 副ゼミ長 板東加那子

2013年の秋。17期の投票によって、私は副ゼミ長に選ばれた。

17期執行部は、キラキラ(?)なゼミ長と、カミソリのような副ゼミ長と、私という組み合わせだった。正直、1年間うまくやれるのだろうか、執行部もゼミも途中で分裂しないだろうかという不安が大きかった。また、先輩方がいなくなり、後輩が入ってくるという不安もあった。これからは私たちがゼミを運営していかなければならないのだ、と。

手さぐりで始まった執行部だが、幸運にも途中で分解することはなかった。恐らく3人で常に情報共有をし、互いのことを気遣っていたからだと思っている。

また、常に執行部を支えてくれたゼミ員の存在も大きい。我々が発するメッセージを的確に受け止め、それ以上のレスポンスをしてくれた。ゼミ員の協力無しでは1年間、無事終えられなかっただろう。ほんとうに、ありがとう。

 

過去を振り返るのはここまでにして、ここからは執行部の一員として大切にしてきた考えを書こうと思う。それは、「嫌われる勇気」を持つことだ。

立場上、皆が難色を示すようなことを言ったり、実行したりしなければならなかった。その際、全てのゼミ員に嫌われないように立ち回るのは不可能だ。「嫌われることが嫌で八方美人に振舞い、結局何も事が進まない。」なんてことはよくある。これでは執行部が存在している意味がない。執行部の行動に評価を下すのはゼミ員であって、それに関与はできない。自分にできることはただ、最善だと思う方法を選び、実行するだけである。(あまりにも身勝手なことをすれば、叱責を受けるのは言うまでもないけれど。)嫌われるから、といってゼミ員の顔色を窺っているばかりでは、物事は進まない。素早く最善の方法を選び、実行していく必要がある。

確かに、他者から嫌われることは苦しい。できれば他者から肯定されて過ごす方が楽だ。ただ、いつか「嫌われる勇気」を持って物事を進めなければならない時がくるだろう。その時はこの手記を思い出して、足しにしてもらえたらと思う。

 

 

最後に、キラキラゼミ長、カミソリ副ゼミ長、1年間ありがとう。

あと少し、ゼミ生活を楽しもう。

「早稲田祭2012」にてシンポジウムを開催しました!

 

水島朝穂ゼミナール主催シンポジウム


 「沖縄『復帰』40年を考える」

水島ゼミとして、数年ぶりの「早稲田祭」への参加でした。

当日の準備等至らない点は多々あったことと存じますが、来年以降の活動に活かしていきたいと考えております。

たくさんのご来場、ありがとうございました。